andi-b:

“よくわからんが、二度と戦争をしない為に一般国民から見た戦争の悲 惨さばかりを教えるのでは意味がなくて、軍事的見地から太平洋戦争がどれだけ無謀かってことを教えて、普通の人間にも戦略的思考を持たせなければ、本質的 な意味で戦争を回避する知恵というのは身につかないんじゃないのか。”

Twitter / @foxnumber6 (via raitu)

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“ドラえもん映画を見て泣くのは大人。子供は泣いたりはしない。 なぜなら子供は今この時、ドラえもんたちと一緒に冒険してるから。 もう子供に戻れない大人だけが、彼らを見て涙する。”

2008-07-04 - 夏の葬列 (via mcsgsym, konishiroku)
2009-03-17 (via yasaiitame) (via gkojax)

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“96 名前:名無しさん@涙目です。(チベット自治区)[sage] 投稿日:2011/07/20(水) 22:52:43.76 ID:DXZ/o1lj0 たけし、さんま、タモリ、この3人のパワーバランスがとれているのは、 すべて 『志村けん』 のお陰。 志村の若手・中堅芸人からの支持は、尋常じゃない。 フライ○ー襲撃後、たけしが一時的に干された時は、志村がたけしの家族と 軍団、軍団の家族の生活費を面倒見てたし。 当時の志村とたけしは、ライバル関係。 ド○フが○ょうきんに潰され、かとちゃんけんちゃんごきげんテレビと○ょうきんで 視聴率を争っていた。なのに、志村はたけしを助けた。 たけしの著書に書いてあった、 『おそらく、けんさんの出費は3億円はくだらない』って。 『 出所した後、けんさんの所に行って、ご迷惑おかけしました。軍団がお世話になりました。お金は必ず返します。』 って 言ったら、『 たけしさん、俺は口下手だから、うまく言えないけど、今回の事は気にしないでよ。俺が勝手にやった事だよ。 それよりも、今まで通り、どっちがお客さんを笑わせるか、ライバルでいてくれよ。だから、今回の事は忘れてくれよ・・・。 今まで通り、頼むよ。 』 って志村。 テレビにも出れない新人芸人が、娘の手術費に300万必要って 志村に泣きついた。そしたら、志村は出世払いでいいよって1000万円現金で ボストンバッグごとあげた。 志村と交流のある、松○と若手芸人が怪しんで、問い詰めたら、嘘発覚。 ○袋筋太○が志村に言ったら、 『 なんだ、娘さん無事なの?良かったな~。ほっとした! 貸した金?ああ、どうでもいいよ。金は天下の回り物だw 』って。 ○袋はその場で、『志村さん・・・なんでそんなに良い人なんですか。俺は自分が恥ずかしい 』って 泣き崩れた。 199 名前:名無しさん@涙目です。(チベット自治区)[sage] 投稿日:2011/07/20(水) 23:12:49.93 ID:DXZ/o1lj0 志村けんの人格の良さは、色々な芸人の本でも書かれているからな。 共演者がどんなに新人でも、かならず共演する人の楽屋に自分一人で 挨拶に行くってのは、超有名。 松本の【遺書】にも、『 やたらと親切で礼儀正しいおっさん。 おい、まっちゃん! 関東に進出して、おめでとう!何か困ったことがあれば、この俺に言えよ!その代わり、 俺が売れなくなったら、松っちゃんの番組で使ってよw 』 って。 関東に出てきて、関東の芸人さんに初めて優しくしてもらいましたわw 鉄アンド○が、NHKの番組に出る前に楽屋でくつろいでたら、 いきなりノックされて、出たら志村だったっていう。 『 俺、あなた達の後に出番で、今さ、楽屋でくつろいでたの。そしたら、マネージャーが、 隣の楽屋に鉄アンド○がいるっていうから、挨拶にきたのよ。』 『わっ!え!いや!ちょっと!本当に志村けん?あ!呼び捨てすみません!え?嘘?すみません!』 って鉄はビビりまくり(雑誌のインタビューより抜粋) この時の出来事を後に、雑誌で【 ドッキリかと思いました。あの、あの志村さんが、 俺たちみたいな者の楽屋に挨拶って・・・】 『 こういう時代だからこそ、こういう暗い話題ばかりの日本だからこそ、お互いに 笑いで盛り上げて行こうな! 』 って志村さんに言われた。って暴露してたw”

志村けんが慕われれる理由 : 2chコピペ保存道場 (via gkojax)

(Source: 2chcopipe.com)

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“飲食店を経営している人たちの夢のひとつが、 「借金をしないで営業できるようになる」 コトでもあります。 事業用におこした借り入れは 10年程度で返却しきるコトになっている。 だから歯を食いしばってがんばれば いつかは誰でも無借金の状態に なろうと思えばなれるのでしょう。 けれどかなしいかな、10年も経つと お店のいろんなところにガタがきて改装したり、 手直ししたりしなくちゃいけなくなったりする。 そのときに手元に資金の蓄えがあればいいのだけれど、 大抵の人は再び改装資金を借り入れしたりすることになる。 飲食店の借金はなかなか減らないようにできているのです。 そんな中でも一部の人は無借金という 素晴らしい経営環境を手に入れる。 僕のおばぁさんがそういう幸せな経営者の一人でした。 経営者と言っても、経営していたのは一軒だけ。 他の無借金経営を手にするほとんどすべての人と同じく、 街一番の上等な店という、暖簾に恥じぬ営業努力と、 その名声にふさわしい上等な値段を頂戴し続けてこその ご褒美で、それは彼女が65歳を越えての快挙。 お店のおなじみさんたちが集まって、 お祝いの宴会をしてくれたほど。 それというのもその店は、祖母が55歳のときに、 それまで子どもたちと一緒に経営していた店を 全部、彼らに手渡し、第二の人生を送るためにと 借金をして作ったお店。 子どもたち‥‥、その中にはボクの父も 当然、含まれていましたけれど、 彼らは店をどんどん大衆的にして チェーン展開をするかたわらで、 祖母はただただかたくなに手仕事だとか仕入れにこだわり、 昔ながらおいしい料理を作りつづけた。 子どもたちの借金は増え、 祖母の借金はなくなったという、 なんだか不思議な物語。 酒の力もあってでしょう。 おなじみさんの一人がこんなコトをいう。 「女将さん。もう借金を返さなくてもいいんだから、  明日から値段を下げても十分、利益は出るよな!」と。 ばぁさん、やおら立ち上がり、こう宣言をしたという。 もう明日から、お客さんが半分に減ろうが私はこまらない。 今まで一生懸命、 借金を返さないといけないと思ったからこそ、 みんながよろこぶ値段で商売してきたんだ。 これからは、自分が納得できる料理を 納得できる値段で売らせていただきますよ。 明日うちにきて、値段が倍になってても、 ビックリしちゃぁなりませんぞな‥‥、と。 その翌日から値段が倍になることもなく、 けれど安くすることもなく。 今まで通りの料理を今までの通りの値段で ずっと商売しつづけた祖母。 当然、利益は今まで以上でることになり、 さて、それをどうしたかというと 上等な食器を毎月、次々買った。 古瀬戸であったり古伊万里だったり、 あるいは地元の窯の作家物とかを次々買ってく。 しかもそれをコレクションにするのでなくて、 惜しげも無く普段の営業に使って料理をふるまった。 その贅沢におなじみさんはみんな感謝し、 街一番のお店としての名前はどんどん高まっていく。 お客様のお陰で借金を返させてもらった人がすべきこと。 それは「利益還元セール」ではなく、 「お金で買えぬ夢と贅沢」を 提供して差し上げることなんだと、 ずっと祖母はいっていた。 飲食業は商売であると同時に文化でもある。 商売なら安売りすることもできるけど、 文化を安売りするなんて恥ずかしいことできるもんか‥‥。 そんなことをしたら同業の人に申し訳ない‥‥、 とそんなコトも言っていたのです。”

ほぼ日刊イトイ新聞 - おいしい店とのつきあい方。 (via shingoy)